シナリオライターの内緒話
     
◆ Vol.20 『小遣い稼ぎ』

 シナリオを書く勉強をしながら色々なことをして小遣いを稼いだ。実家にはいたが、大学を出た娘に経済援助するほど、うちの親は甘くなかったからだ。結構長くやったのが、いわゆるフリーライター。タウン誌で飲食店の提灯記事を書いたり、企業がPR向けに出しているカタログみたいなものに、有名人のインタビュー記事を書いたり・・・。これはこき使われてギャラが安かったのでいい思い出ではない。しかし、一回妙な経験をした。

 そのまま出せばいい原稿を作って、印刷所に入稿しなければならなくなり、(普通ライターはそんなことしないのだが)カメラマンから写真のネガを貰う為、六本木の某所で待ち合わせをした。私は、受け取ったらすぐに、印刷所に行くつもりだったので、車に乗ったまま街角で待った。すると、どんどんあちこちからデカイ外車が集まってきて、私の車の前後に停車しだしたではないか。 サファリパーク状態

 ガードレールの脇が埋まると、なんと車道の真ん中に向かって2列に停め始めた。当然私は前後も、横も外車に取り囲まれる形になった。大阪ではよく見られる2列駐車だが、東京では滅多に見られない。3車線ある道路の2列が完璧に塞がってしまった。

 車中に閉じ込められたまま茫然と事態を見守っていると、バタバタと中から若い男達が降りてくる。そう、それは見るからに暴力系の皆様であった。正に私は群馬サファリパーク状態。ハンドルを握りしめて固唾を飲んでいた。
 彼らは明らかに何かを待っている。きっと近くに偉い人の住居があるのだろう。そのうち1人が、赤いトヨタの大衆車に若い女(当時の私)が乗っていることに気が付いた。

 彼は運転席側の窓をコンコンとノックし、「開けろ」と指を回した。私は笑顔で窓を20センチ程下ろした。
 「何してんの?」
 「えっと、仕事の相手待ってるんです」
 私は絶対に彼を“警戒している”という素振りを見せまい、と、受付嬢のような笑みを浮かべた。
 「へー、仕事何してんの?」
 「ライターです。雑誌の」
 「かっこいいじゃん!仕事相手って誰?芸能人?」
 「いえ、カメラマンです」
 「いいねえ、かっこいいねえ」と彼はしきりに感嘆した挙句、「オレのことも取材してよ」と言い出した。
 ここで私はつい反射的に「お仕事何なさってるんですか?」と訊いてしまった

 私は、心の中であわわと泡を噴いた。彼のことを一般人として扱おうとするがあまり、自らその話題をふってしまったのだ。一瞬どう答えるのかな、と考えてたら、「オレ?ヤクザ屋さん」と彼は言った。

 さあ、これに対するリアクションが、シナリオライターの卵の腕の見せどころだ。普段から散々台詞については勉強している。頭で考えて一番有効な答えを出さねばならない。「へぇー!素敵!」じゃ拉致されてしまう。さりとて「え・・・」と目を背けては怒らせてしまう。なんだ?何が私も彼も幸せにする台詞なんだ?と考えた挙句、私は心底感心した、人のイイおばさんみたいに「大変ですねえ・・・」と呟いた。彼は苦笑したが、機嫌を損ねた様子でもなかった。

 その後、ひまな他の人々も集まって来てしまい、口々に私はかっこいい呼ばわりをされ、いじられ、からかわれた。「それにしてもカメラマンの野郎遅いじゃねえか」と1人が周りを見回すと、野郎は、暴力系の方々に囲まれた私の車に近付けず、ビルの軒下で震えていた・・・

 こんな風に書くと、シナリオの勉強をしている人間は、いつもリアクションを頭で考えて口に出しているのかと思われそうだが、全くそんなことはない。ここ一番!という時に、創りものの台詞が入っている引き出しを開ける程度のことだ。
 さて、最近、私の大好きな友達のご主人が亡くなった。訃報を聞いて駆けつけると、自殺だという。中学3年生をあたまに子供が3人いる夫婦だった。彼女は“喪主”というリボンを付けて、痩せた身体でかろうじて立っていた。私は何か彼女の為になるような言葉をかけなければ、と懸命に頭の中を探った。だが、有効な台詞はまったく見当たらなかった。他の友人はどんどん彼女の傍に寄って行き、なにかしら言葉をかけている。私だけが、近付くこともできず、ただただ・・・その場で、喪装の美しい彼女の姿を目で追っているだけであった。